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地域情報

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岡本城跡

中岡本町根古屋にある鬼怒川右岸段丘を利用した平山城(ひらやまじろ)で、南北朝時代に岡本信濃守富高(もりたか)が築造したといわれ、宇都宮氏の支城として宇都宮東部の守りについていましたが、慶長2年(1597)宇都宮氏の改易とともに廃城となりました。現在、本丸は土塁濠(どるいごう)などが保存されています。
なお、根古屋という地名は、武士たちの居住地、すなわち“寝小屋”があったことに由来しています。

白澤宿(白沢宿)

白澤宿(白沢宿)は、かつて奥州街道(奥州道中)下野国河内郡にあった宿場町で、宇都宮宿の次の宿駅で、江戸からちょうど30里(約117km)余に位置していました。
天保14年(1843年)の『奥州道中宿村大概帳』によれば、白澤宿は家数71軒、うち本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠13軒、人口369人と記述されており、奥州街道の賑わいのある宿場町であったことが窺えます。
現在、白澤宿を通る旧奥州街道沿道には鬼怒川から取水された用水が両側を流れ、その用水には水車が設けられ、沿道の民家には屋号が掲げられているなど、江戸期の風情を髣髴とさせる景観が保存されています。

逆面獅子舞

逆面町に中世より伝わる獅子舞で、白山神社の境内で五穀豊穣、子孫繁栄、家内安全を願って奉納され獅子舞です。
獅子舞の日は村中の人が日の出と共に神社に登り、獅子を奉納した後に正午前から夕方まで獅子舞を奉納します。逆面獅子舞の歴史は古く、室町時代初期の1384年~1392年にこの辺り一体がチフスに襲われたときに、この獅子舞を舞って悪霊の退散を願ったところ、チフスはたちどころに胡散霧消したと言われております。
以来、逆面の獅子舞は、村寺、高徳寺に在って、逆面人の魂として、地域の守り神として、毎年に村中を清め流し舞われてきましたが、明治の廃仏毀釈令により明治15年ごろからは現在の形になりました。

岡本家住宅

岡本家は、国の指定重要文化財にしてされており、庄屋格組頭と伝えられています。
建てられた年代は、手法からみて18世紀後半と推測されていますが、正徳4年(1714)の護摩札が打ち付けられており、それ以前のものとも考えられます。
この建物の特徴は、茅葺き屋根の2棟が並んだ形で、軒付下には色違いに稲・麦藁を段違いに重ね、小屋梁は細かい曲材を用いています。玄関・客間・座敷等建てられた時のままでよく保存され、長押の釘隠し等もおもしろいものです。ただし、屋根の煙出しは後世のものと思われます。
表門は、県内の上層農家に多い長屋門形式で、入母屋造り、桟瓦葺です。
口碑伝承によると、漢方を主剤とする家伝薬を次々に製薬し、その資料は本県における医療史研究のための貴重な資料となっています。

高尾神社古墳(大塚古墳)

田原地区には、かつて何基かの古墳群がまとまっていましたが、今ではそのほとんどが失われてしまい、大塚の高尾神社古墳のみとなっています。
広がる水田の中にたたずむその姿は、かつての古墳群の威容を彷彿とさせます。
また、かつてこの古墳の南側にあった大塚新田古墳からは、古墳編年の基準となる貴重な馬具などが出土しており、その一部は東京国立博物館に収載されています。

三ツ股かや

享保八年(1723)の五十里洪水の時、十数人がこの樹に登り、難をのがれたという伝承があります。
樹齢はおよそ五百年で、樹高18.5メートル、周囲1.9メートル、根廻り9.15メートルと、そのしっかりと大地に根をはった姿は見事な景観であり、県内有数の巨木として、県文化財に指定されています。

羽黒山神社拝殿

昔から信仰の山として親しまれてきた羽黒山。山頂には羽黒山神社があり、上河内地区のシンボル的存在となっています。
 歴史は930年前の康平年間(1058〜1065)宇都宮築城に際して北方の守護神として、藤原宗円が出羽羽黒山より勧請したものと伝えられています。

羽黒山梵天祭

羽黒山の麓、今里の宿で毎年11月に開催され、五穀豊穣、家内安全を願い羽黒山神社に各地区の梵天を奉納する羽黒山神社の例大祭です。
このお祭りは、五穀豊穣や天候の無事、無病息災などを願って、梵天を羽黒山神社に奉納する盛大なお祭りで、江戸時代中ごろから、収穫を祝い感謝する行事として始められ、約300年以上もの歴史があります。
梵天とは、孟宗竹と真竹を継いだ15メートル程の竿に、和紙やビニールで房がつけられたもので、その梵天を揃いのハッピに白足袋姿の若者が、上河内の中心部から、同地域のシンボルであり、関東平野の始まりと言われる羽黒山(458.2m)の神社を目指して約4kmの道のりを「ホイサ、ホイサ」と担いで登っていきます。

下小倉下組の大杉

推移低樹齢400年とされてる下組の大杉は、享保8年の五十里洪水の折、一面濁流の中、この大杉だけには水につからず、多くの人々の命を救ったとされ、近隣の人々の厚い信仰を寄せられている杉の大木です。

天下一関白神獅子舞

天下一関白神獅子舞は、平安時代(延喜年間)から伝承されている郷土芸能です。
毎年8月第1土曜日に関白山神社境内にて奉納されています。
その由来は、天皇より奥州征伐の命を受けた鎮守府将軍藤原利仁公が、この地にやってきて激しい戦いの末にこの地に平和をもたらしました。ところが利仁公は突然病に倒れ亡くなってしまいまいました。そこで、家来の青木角太夫正利と青木左近将監一角が利仁公の亡骸を葬ろうとしたところ突然雲行きが変わり辺りが真っ暗闇になってしまい、葬儀ができなくなってしまいました。二人は、これを悪霊の仕業に違いないと思い、悪霊を退散させるために獅子の頭を天地人の三つになぞらえて作りました。この三つの獅子頭を「御神獅子」と名付けて頭に被り舞を舞ったところ、たちまち黒雲は消え去り、まばゆい日の光が差し込み、無事に利仁公の亡骸を弔って埋葬することができました。以来、一番獅子を青木角太夫正利に、二番獅子を青木左近将監一角に、三番獅子(雌獅子)を利仁公の娘(衣姫)になぞらえて獅子舞が奉納されるようになったという逸話が伝わっています。
うつのみや市商工会

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上河内支所

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